2009年08月26日

トリノ・エジプト展

東京都美術館で10月一週目ぐらいまで開催しているだろう。


先日足早に行って来て、なかなか自分なりに充実した。いやこんなところでセクメト像に対面できるとは。


オシリス神の巨像頭部は必見。いやでかい。そしてまろやかな目をしている。遠くからも是非見て欲しい。


トリノ、、とあるので、どうかなとあまり期待しないで行ったのがかえって功奏したのだろう。コンパクトなだけに、凝縮されている感あり。


そうして、その日の目玉は、神格化された黒いネフェルトイリ王妃の小像。

ガイドブックによれば、「顔と手足が黒く塗られているのは、再生を象徴するナイルの肥沃な土壌の黒を表すため」。これが、「黒い聖母像」の起源かも、しれません。イタリアではお目にかかることができなかったが、世界で約450体の黒い聖母像が存在しており、これについてハッキリしたことがわかっていないのが現状。黒魔術とか何かとグロい逸話と結びつけたがる輩が多いが。

黒く塗られたネフェルタリ.jpg

黒は黒でまた、特殊な神聖な力を持った色であることは、お伝えしておきたい。しかしキリスト教的な象徴としては、サタンの色。信者たる者からすれば、こんな色に染められたマリア像など認めるわけにはゆかないだろう。しかし、私はどちらの宗教、団体に所属する者でもありません。


黒いネフェルタリもマリア像も、いと美しく神秘的、見とれてしまうほどだった。いやこれこそお母さんだと、涙さえ出そうになるものだ。



黒い聖母崇拝博物誌.jpg


「黒い聖母崇拝の博物誌/三交社」 黒いマリア像を知るためにお勧めの書籍。著者イアン・ベッグは、「この問題は、美術史にも教会論にも属さないあいまいな分野」であるから、ただ像が存在していること以外、ほとんど専門家による研究がなされず、確かなことが明らかになっていないと書籍で述べている。そして、各地の実状を客観的な目でレポートし、最終的にマグダラのマリア崇拝と結びつけつつ余韻を残しながら終わっている書籍なのだが、私的にはそういう所以で作られた黒いマリア像は確かにあるだろうが、先にも紹介した「ナイルの肥沃な黒い土壌」を見逃すことはできないと考え、100%この書籍の内容を信じるに値するものとして推薦するわけではありません。


ただ「あらゆる観点から」像を研究しており、特定の仮説のみ取り上げ論証しているものではないので、お勧めなのです。


宗教とは、学習対象、研究対象としては非常に興味深い分野です。いや、むしろもっと多くの人たちにこの分野のことを知って欲しい。興味深いとかお茶をにごすのもやめて、実際これが人類史をどれだけ根本からコントロールしてきたものか、その事実を知るべきだろうと私は思う。

そうした時に「信教の自由」などということばは空恐ろしくて簡単に使えるものではないことを知るはずだから。というか、今日もやまない聖戦の現実を目の当たりにして、一連の法制度や雇用、経済、外交、環境問題等のようには、「宗教問題」が話題になることがないというのは、なんたることかと。


宗教も占いも、時々非化学だ似非だと悪口を言われることがあるが、化学と非化学とは、優劣の関係にあるわけではあるまい。非化学という分野が既に存在しているのだから、これについての知識や情報を正しく伝える場も必要であると、それが教育というものなのなら、不可視の分野を理解できる思考や精神性を養う教育等、私はなされるべきだと考える。


目に見える分野、化学、テクノロジーばかりが発達して、目には見えない分野についての人間のレベルは、原始時代と変わらないような、そんなアンバランスが気になっている。不思議な現象から神話を創り出していたギリシア人あたりと変わらないんじゃないの。


ということで、うちで取り扱っている黒いクロスを紹介させていただこう。

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