2016年02月05日

ゴールデン・タロット・オブ・ルネッサンス/エステンシ・タロット

別名エステンシ・タロット
Golden Tarot of Renaissance
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このデッキは、イタリアのフェラーラで1470年頃に描かれたものと検証されたのは、まだ記憶に新しいところ。十数年前はまだこのデッキのほうが、ミラノ発のヴィスコンティ版よりも古いデッキだという説もうわさされたものです。


下)フランス国立図書館所蔵の現物タロット

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イタリアのボルゾ・デ・エステ公爵のために描かれたものであることから、エステンシ・タロットとも呼ばれていますが、ヴィスコンティ公爵のために描かれたヴィスコンティ版に負けず劣らずの作品ということで、復刻メイカーイタリア老舗のスカラベ社では金箔をほどこしたこのゴージャスバージョンを一貫して発行し続けてもう十数年、ロングセラーとなるお品です。


商品情報

・カードメイカー/出版社:Lo Scarabeo社製
・カードサイズ:12×6.6 cm

・付属の英文解説書の対訳付オリジナル日本語解説書(A5サイズ、15頁)


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時は1400年代。フェラーラでは既に二百年以上にわたるエステ家の支配が続いていました。当時の君主・ニッコロ三世には、なんと側室との間に27人もの子どもがいたことで知られています。ステッラ・ディ・トロメーイという、ニッコロ3世の最愛の愛人と呼ばれた女性が、レオナルドとボルソ、2人の兄弟を産み落とし、やがて兄弟は正妻の子供たちを差し置き、侯位を継承するに至るのでした。

この頃、ミラノ=ヴェネツィア戦争が勃発し、休戦・講和が繰り返される中、この両大国間の勢力バランスが、フェラーラが独立を維持していくための最大の条件でした。ニッコロ3世は、ヴィスコンティとスフォルツァの仲介役を担った存在でもあります。1440年か翌年には、ミラノ公フィリッポ・マリア・ヴィスコンティの娘ビアンカ・マリアが、騎兵隊のフランチェスコ・スフォルツァに「与えられる」約束になっていたのですが、

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